こんにちは〜。
4月30日の夜、バングラデシュから無事に自宅に戻りました!
3泊5日で、奥地の学校まで行ったので、本当に駆け足でしたが、
色々と勉強になりました。その工程を振り返ります。(今日は長編です)
↓何故行ったのかは、コチラ
http://blog.legendhotels.jp/archives/51530137.html
26日 10:30成田発→16:45クアラルンプール着
22:20クアラルンプール発→0:10ダッカ着
27日 ダッカのホテルには、真夜中の3:00に到着しました。
翌朝から、車の手配をしました。
手配に手間取ったために、12時間かかる奥地は断念し、8時間の
シレットの学校に変更し、お昼前にホテルを出発しました。
途中、本当に美しい景色を抜けて、どんどん車は走ります。

途中、トイレ休憩で寄った小さなホテルで、現地のお菓子とお茶を
するバングラデシュで23年NGO活動をしている河原さんと私。

ホテルに到着直前に、車がパンクするというアクシデントにも会い
ましたが、なんとか無事に「PARJATAN MOTEL」と
いう国営のホテルに到着。

食事は、当然?カレーです。

翌朝早く、「シレット」という町のホテルを出発し奥地へ車を進めます。
雨が多かったのか、家や橋が沈みそうです。


学校に到着すると、子供達が迎えてくれました。
うわー、、なんだか恐縮してしまいます・・。

子供達に、お土産のノートと鉛筆を渡しました。

トタンの壁で覆われた、教室の様子。


この地域の子供達の夢は・・・
男の子は、エンジニアになること。
女の子は、テーガールになること。
テーガールというのは、この辺りはインドにも近く
紅茶の産地なので、茶摘み娘になるのが夢なんだと聞きました。
そこは、確かにグローバルマネーで計ったら最貧国
なのだけれども、そう思っているのは私たちの方で、
田舎町独得の平和があるようにも感じました。
ある種、よっぽど東京のお稽古事だらけの子供たちの方が
豊かさ」を実感できていないような・・・。
ただ、こうした支援がないと、子供達に教育を提供できない
というのが現状なんですよね。
その後ダッカまで、また8時間かけて帰ってきました。
翌日は、今後「W購入ノート」を子供達に贈るためのノートの
サンプルを買うために、ダッカの町を散策しました。
ちなみに、ノートは思いのほか高かったです。
粗雑な商品でも日本円で100円くらいしています。物価は、
5分の1〜10分の1くらいなので、500円くらいはしている
イメージです。
でも、紙自体が高級品であること、そもそも勉強をする人が
少ないので、大学の近くにノートが売っていたり・・・
つまりノートは、贅沢品なのですね。
まずは、ダッカの町を知るために、一番ダッカらしいところ、
ということで、ショドル・ガットという船着場に行って見ました。
そこで、沢山の人に「ボートに乗らないか」と誘われましたが、
赤いシャツを着た男性2人のボートに乗ることにしました。
「他の人より、僕たちの船は立派だ」というので着いていくと、
予想通り?の手漕ぎボートでした!カメラマンの戸田さんも一緒です。


ちょっと河を周遊するだけかと思ったのですが・・・
僕たちの住んでいる場所や仲間を紹介したいと言われて、
信用してボートを降りると・・・沢山子供達が寄ってきました。

船の修理をする人々



働く人たちの住む家や子供


ちょっとした市場もありました

ガイドの1人のお家には、生まれたての赤ちゃんが!
抱っこして「元気に育つんだよ」と声を掛けました。

ガイドの2人は、
「ここは僕の仲間ばかり、写真や映像をとっても大丈夫だよ」
と言ってくれました。
私たち2人が、みんなに挨拶すると急に人懐っこい笑顔になる
のが印象的でした。
私的には、全く普通な行動だったのですが・・・、後から
フェアトレードのお仕事をしている友人に聞いたら
「最初っから、ずいぶん危険なところまで、首を突っ込んで
きましたね〜」と驚かれました。
きっと、こうした場面で、
相手に「恐怖」を感じていると、本当にそれを引き寄せてしまう。
こちらが、オープンマインドでいることが大切なのだと思います。
ボートに戻り、すっかり2人と仲良くなり、歌をうたってもらい
ました。カッコ良かったな〜。いずれまた映像で!
カメラマンの戸田さんは、案内人の2人と一緒にタバコを分け
合っています。

不思議なもので、
奥地の学校近くでは、英語がさっぱり通じないのに(子供達に
英語教育もしている)この赤シャツのガイド2人は、通じる
英語を普通に話してくれる・・・。
貧しさでいったら、このガイドたちが住む地域の方が低いし、
教育もされていないはずなのに、生活に困るから、必死で覚える
のだろうと思うと複雑な気持ちになった。
その後も、サンプルのノートを購入する場所まで、ずっとガイド
を続けてくれた。危ない道を渡る時は、手をつないで、自分の体
で、私たち2人を守りながら。
仏像をつくるお店

リキシャの賑わう町と私


果物屋さんと、新聞を売る子供


その後、お目当てのノートサンプルを購入し、夕食を食べて・・・
(ランチは食べそびれた)そのまま空港へ向かいました。
次回、バングラデシュに行ったら、このガイドの2人を
探して、もっともっと話してみたいと思いました。
30日 深夜1:20ダッカ発→7:05クアラルンプール着
9:00クアラルンプール発→1箇所経由→19:20成田着
自宅には、30日の夜遅くに到着。
本当に駆け足でしたが、初バングラデシュは私に新しい経験
をさせてくれました。
まずは、小さな一歩からスタートですが、いずれは「知恵」を
分かち合えるような活動につなげていきます。
つるちゃんより
4月30日の夜、バングラデシュから無事に自宅に戻りました!
3泊5日で、奥地の学校まで行ったので、本当に駆け足でしたが、
色々と勉強になりました。その工程を振り返ります。(今日は長編です)
↓何故行ったのかは、コチラ
http://blog.legendhotels.jp/archives/51530137.html
26日 10:30成田発→16:45クアラルンプール着
22:20クアラルンプール発→0:10ダッカ着
27日 ダッカのホテルには、真夜中の3:00に到着しました。
翌朝から、車の手配をしました。
手配に手間取ったために、12時間かかる奥地は断念し、8時間の
シレットの学校に変更し、お昼前にホテルを出発しました。
途中、本当に美しい景色を抜けて、どんどん車は走ります。
途中、トイレ休憩で寄った小さなホテルで、現地のお菓子とお茶を
するバングラデシュで23年NGO活動をしている河原さんと私。
ホテルに到着直前に、車がパンクするというアクシデントにも会い
ましたが、なんとか無事に「PARJATAN MOTEL」と
いう国営のホテルに到着。
食事は、当然?カレーです。
翌朝早く、「シレット」という町のホテルを出発し奥地へ車を進めます。
雨が多かったのか、家や橋が沈みそうです。
学校に到着すると、子供達が迎えてくれました。
うわー、、なんだか恐縮してしまいます・・。
子供達に、お土産のノートと鉛筆を渡しました。
トタンの壁で覆われた、教室の様子。
この地域の子供達の夢は・・・
男の子は、エンジニアになること。
女の子は、テーガールになること。
テーガールというのは、この辺りはインドにも近く
紅茶の産地なので、茶摘み娘になるのが夢なんだと聞きました。
そこは、確かにグローバルマネーで計ったら最貧国
なのだけれども、そう思っているのは私たちの方で、
田舎町独得の平和があるようにも感じました。
ある種、よっぽど東京のお稽古事だらけの子供たちの方が
豊かさ」を実感できていないような・・・。
ただ、こうした支援がないと、子供達に教育を提供できない
というのが現状なんですよね。
その後ダッカまで、また8時間かけて帰ってきました。
翌日は、今後「W購入ノート」を子供達に贈るためのノートの
サンプルを買うために、ダッカの町を散策しました。
ちなみに、ノートは思いのほか高かったです。
粗雑な商品でも日本円で100円くらいしています。物価は、
5分の1〜10分の1くらいなので、500円くらいはしている
イメージです。
でも、紙自体が高級品であること、そもそも勉強をする人が
少ないので、大学の近くにノートが売っていたり・・・
つまりノートは、贅沢品なのですね。
まずは、ダッカの町を知るために、一番ダッカらしいところ、
ということで、ショドル・ガットという船着場に行って見ました。
そこで、沢山の人に「ボートに乗らないか」と誘われましたが、
赤いシャツを着た男性2人のボートに乗ることにしました。
「他の人より、僕たちの船は立派だ」というので着いていくと、
予想通り?の手漕ぎボートでした!カメラマンの戸田さんも一緒です。
ちょっと河を周遊するだけかと思ったのですが・・・
僕たちの住んでいる場所や仲間を紹介したいと言われて、
信用してボートを降りると・・・沢山子供達が寄ってきました。
船の修理をする人々
働く人たちの住む家や子供
ちょっとした市場もありました
ガイドの1人のお家には、生まれたての赤ちゃんが!
抱っこして「元気に育つんだよ」と声を掛けました。

ガイドの2人は、
「ここは僕の仲間ばかり、写真や映像をとっても大丈夫だよ」
と言ってくれました。
私たち2人が、みんなに挨拶すると急に人懐っこい笑顔になる
のが印象的でした。
私的には、全く普通な行動だったのですが・・・、後から
フェアトレードのお仕事をしている友人に聞いたら
「最初っから、ずいぶん危険なところまで、首を突っ込んで
きましたね〜」と驚かれました。
きっと、こうした場面で、
相手に「恐怖」を感じていると、本当にそれを引き寄せてしまう。
こちらが、オープンマインドでいることが大切なのだと思います。
ボートに戻り、すっかり2人と仲良くなり、歌をうたってもらい
ました。カッコ良かったな〜。いずれまた映像で!
カメラマンの戸田さんは、案内人の2人と一緒にタバコを分け
合っています。
不思議なもので、
奥地の学校近くでは、英語がさっぱり通じないのに(子供達に
英語教育もしている)この赤シャツのガイド2人は、通じる
英語を普通に話してくれる・・・。
貧しさでいったら、このガイドたちが住む地域の方が低いし、
教育もされていないはずなのに、生活に困るから、必死で覚える
のだろうと思うと複雑な気持ちになった。
その後も、サンプルのノートを購入する場所まで、ずっとガイド
を続けてくれた。危ない道を渡る時は、手をつないで、自分の体
で、私たち2人を守りながら。
仏像をつくるお店
リキシャの賑わう町と私
果物屋さんと、新聞を売る子供
その後、お目当てのノートサンプルを購入し、夕食を食べて・・・
(ランチは食べそびれた)そのまま空港へ向かいました。
次回、バングラデシュに行ったら、このガイドの2人を
探して、もっともっと話してみたいと思いました。
30日 深夜1:20ダッカ発→7:05クアラルンプール着
9:00クアラルンプール発→1箇所経由→19:20成田着
自宅には、30日の夜遅くに到着。
本当に駆け足でしたが、初バングラデシュは私に新しい経験
をさせてくれました。
まずは、小さな一歩からスタートですが、いずれは「知恵」を
分かち合えるような活動につなげていきます。
つるちゃんより