おはようございます。
5月29日、友人の山崎拓ちゃんの奥さまである利枝子さんが
主催された素敵な会に参加してきました!
その名も、「LOVE&SOULプロジェクト女子塾」です。
その記念すべき第1回の講師は、細川佳代子さん。
ご存知、元内閣総理大臣細川護煕夫人です。
特定非営利活動法人スペシャルオリンピックス日本理事長でもあり、
精力的にボランティア活動に従事されています。
・・・最初に始めたボランティアは、なんと1歳だったとか。
はいはいしてお隣のお家に行ってました。そして、雨戸を「じじ、ばば、
じじ、ばば!」って叩くんですって。そしておじいさんが雨戸を開けて
くれる。そして私を抱きかかえて家に入れてくれると、一目散におばあ
さんの布団の中にもぐりこんで、そこでおばあさんと一緒にひととき過
ごす、かわいがってもらう、それが私の日課だったんですって。
そのおばあさんは、寝たきりのリュウマチで体が不自由。おじいさんが
全部おばあさんの介護をし、家事も全部していた。子供がいない。だか
ら老夫婦、本当に身寄りのない。もう2人だけで暮らしていたその家の、
私が唯一の訪問者だったわけよ。
→分かります!!
私も、お婆ちゃんが亡くなった時、お婆ちゃんのお友達の家に4歳
くらいで遊びに行って、自分のお婆ちゃんの代わりに、火鉢の前で
お茶飲んで帰ってきてました。お婆ちゃんのお友達が寂しくならな
いように自分なりに考えてのことだったんですよね〜。
・・・スペシャルオリンピックに初参加!
1993年、オーストリアの冬の世界大会にフィギュアスケートとスピ
ードスケートの、小学校4年生と6年生のたった2人のアスリートを連れ
て、もっとも弱小の選手団で参加したのね。
その時、フィギュアスケートのかっちゃんは、緊張してしまって予選で
名前を呼ばれてもリンクに出なかった。失格は失格だけれど、チャンス
を与えるから決勝で頑張りなさい、って。そして頑張って出場して、努
力賞をもらったっていう感動が一つ。
それから10mスピードスケートに出た少年が、何度も転びながら、何
分もかかって10mゴールインした時の、彼のすごい喜びと感動で、観
客がみんな涙ぼろぼろ流して、立ち上がって、もう拍手が止まらない。
それを見た時に、あ、これをいつか日本でしようと決心したわけです。
→素敵ですね!
パラリンピックは、体が不自由な方のオリンピック。スペシャルオリ
ンピックは、知的障害者の方のスポーツの祭典(オリンピック)です。
全員が、なにかの賞をもらえる、昨日の自分よりも今日進歩している
ことが大切。詳しくお話を伺うと、本当に素晴らしい「仕組み」が
あるのですね。ぜひ、私も応援したいと思います。
・・・スペシャルオリンピックの認知度アップに映画製作!
熊本で、たった2人からスタートしたスペシャルオリンピック。
もっと認知度を高めなきゃと、2年がかりで口説き落としたNHKの
取材も、ぜんぜん人の記憶には留まらなかった。
私この番組のビデオを、日本中で上映会をして、そしてみなさんに、
この番組を見てもらいながらスペシャルオリンピックスの活動を広め
るわ、って言ったら、それはNHKに著作権があるから、そんな簡単に
上映会なんかしちゃだめだ、って怒られて。
「そんなにしたかったら、本物の映画を作ったらどうか」って言われて、
そうか、それだ、って。即決めちゃったわけよ。
でも、わくわくしながら、役員のみなさんに映画作りの話をしたら全員
反対意見。「冗談じゃない」「映画作りなんて」って。スペシャルオリ
ンピックスはスポーツの団体だから、そんな余計なことをするべきでな
いとか、やれお金集めが大変だとか、変な映画ができちゃったらどうす
るんだとか、途中でお金が集まらなくて挫折したら誰が責任を取るとか、
いろんな意見がでて来て。私は、なんて夢のない人たちと仕事をしてい
るのだろうと寂しくなって、別の組織で私が作る、って宣言したんです。
日本は、可能性に挑戦する勇気を持っている人が少ない。
→すごい!!
私が【伝説のホテル】でやっていることと、同じくらい無謀です!
お話を伺って、なんだか勇気でてきました。
さて、佳代子さんの本が発売されています!
楽しく、詳しく、語られています。ぜひ読んでみて下さいね。
↓「花も花なれ、人も人なれ」細川佳代子著
花も花なれ、人も人なれ ――ボランティアの私
久し振りに大先輩のお話を聞いて元気でました〜。
つるちゃんより
5月29日、友人の山崎拓ちゃんの奥さまである利枝子さんが
主催された素敵な会に参加してきました!
その名も、「LOVE&SOULプロジェクト女子塾」です。
その記念すべき第1回の講師は、細川佳代子さん。
ご存知、元内閣総理大臣細川護煕夫人です。
特定非営利活動法人スペシャルオリンピックス日本理事長でもあり、
精力的にボランティア活動に従事されています。
・・・最初に始めたボランティアは、なんと1歳だったとか。
はいはいしてお隣のお家に行ってました。そして、雨戸を「じじ、ばば、
じじ、ばば!」って叩くんですって。そしておじいさんが雨戸を開けて
くれる。そして私を抱きかかえて家に入れてくれると、一目散におばあ
さんの布団の中にもぐりこんで、そこでおばあさんと一緒にひととき過
ごす、かわいがってもらう、それが私の日課だったんですって。
そのおばあさんは、寝たきりのリュウマチで体が不自由。おじいさんが
全部おばあさんの介護をし、家事も全部していた。子供がいない。だか
ら老夫婦、本当に身寄りのない。もう2人だけで暮らしていたその家の、
私が唯一の訪問者だったわけよ。
→分かります!!
私も、お婆ちゃんが亡くなった時、お婆ちゃんのお友達の家に4歳
くらいで遊びに行って、自分のお婆ちゃんの代わりに、火鉢の前で
お茶飲んで帰ってきてました。お婆ちゃんのお友達が寂しくならな
いように自分なりに考えてのことだったんですよね〜。
・・・スペシャルオリンピックに初参加!
1993年、オーストリアの冬の世界大会にフィギュアスケートとスピ
ードスケートの、小学校4年生と6年生のたった2人のアスリートを連れ
て、もっとも弱小の選手団で参加したのね。
その時、フィギュアスケートのかっちゃんは、緊張してしまって予選で
名前を呼ばれてもリンクに出なかった。失格は失格だけれど、チャンス
を与えるから決勝で頑張りなさい、って。そして頑張って出場して、努
力賞をもらったっていう感動が一つ。
それから10mスピードスケートに出た少年が、何度も転びながら、何
分もかかって10mゴールインした時の、彼のすごい喜びと感動で、観
客がみんな涙ぼろぼろ流して、立ち上がって、もう拍手が止まらない。
それを見た時に、あ、これをいつか日本でしようと決心したわけです。
→素敵ですね!
パラリンピックは、体が不自由な方のオリンピック。スペシャルオリ
ンピックは、知的障害者の方のスポーツの祭典(オリンピック)です。
全員が、なにかの賞をもらえる、昨日の自分よりも今日進歩している
ことが大切。詳しくお話を伺うと、本当に素晴らしい「仕組み」が
あるのですね。ぜひ、私も応援したいと思います。
・・・スペシャルオリンピックの認知度アップに映画製作!
熊本で、たった2人からスタートしたスペシャルオリンピック。
もっと認知度を高めなきゃと、2年がかりで口説き落としたNHKの
取材も、ぜんぜん人の記憶には留まらなかった。
私この番組のビデオを、日本中で上映会をして、そしてみなさんに、
この番組を見てもらいながらスペシャルオリンピックスの活動を広め
るわ、って言ったら、それはNHKに著作権があるから、そんな簡単に
上映会なんかしちゃだめだ、って怒られて。
「そんなにしたかったら、本物の映画を作ったらどうか」って言われて、
そうか、それだ、って。即決めちゃったわけよ。
でも、わくわくしながら、役員のみなさんに映画作りの話をしたら全員
反対意見。「冗談じゃない」「映画作りなんて」って。スペシャルオリ
ンピックスはスポーツの団体だから、そんな余計なことをするべきでな
いとか、やれお金集めが大変だとか、変な映画ができちゃったらどうす
るんだとか、途中でお金が集まらなくて挫折したら誰が責任を取るとか、
いろんな意見がでて来て。私は、なんて夢のない人たちと仕事をしてい
るのだろうと寂しくなって、別の組織で私が作る、って宣言したんです。
日本は、可能性に挑戦する勇気を持っている人が少ない。
→すごい!!
私が【伝説のホテル】でやっていることと、同じくらい無謀です!
お話を伺って、なんだか勇気でてきました。
さて、佳代子さんの本が発売されています!
楽しく、詳しく、語られています。ぜひ読んでみて下さいね。
↓「花も花なれ、人も人なれ」細川佳代子著
花も花なれ、人も人なれ ――ボランティアの私
久し振りに大先輩のお話を聞いて元気でました〜。
つるちゃんより